広島地方裁判所 昭和62年(行ウ)10号 判決 1990年11月07日
原告 日本通運株式会社
被告 坂町長
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和六一年九月一八日付で別紙物件目録記載の土地についてした特別土地保有税に係る納税義務の免除に係る期間の延長不承認処分は、これを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五七年一二月二一日広島県土地開発公社と別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の分譲について契約を締結し、昭和五九年三月三〇日所有権の移転を受けた。
2 被告は、原告の申請に基づき同年九月二〇日本件土地につき特別土地保有税に係る非課税土地認定をし、同年八月一日から昭和六一年七月三一日までを同税に係る納税義務の免除に係る期間と定め、右期間における同税に係る徴収金の徴収を猶予した。
3 原告は、右期間内に本件土地を非課税土地として使用することができないため、昭和六一年七月二一日、右納税義務の免除に係る期間について、翌六二年五月三一日までの期間延長を申請したが、被告は、昭和六一年九月一八日、右延長を承認しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をし、その旨原告に通知した。
4 原告は被告に対し、本件処分について、昭和六一年一一月一五日、本件処分に対する異議の申立てをしたが、翌六二年三月二日、右申立ては棄却された。
5 しかしながら、以下に述べるように、本件処分は違法である。
(一) 原告には、右免除に係る期間(二年)内に本件土地を非課税土地として使用することができないことについて、地方税法(以下「法」という。)六〇一条二項にいう「やむを得ない理由」がある。
(1) 原告が、本件土地につき非課税土地認定申請をした昭和五九年八月ころは、本件土地に路線ターミナル及び保管庫を建設する計画であったが、その後マツダ株式会社(以下「マツダ」という。)の米国進出(現地生産)の動きがはっきり出てきたことから、対応に遅れれば、マツダに対する依存度が非常に大きい原告会社の広島支店にとって致命的な打撃になりかねないという危機感から、同年一〇月末ころプロジェクトチームを作って対応策を考え、本件土地の建築計画の見直しについて検討せざるをえなくなった。同年一一月末ころマツダの米国進出の新聞発表があり、翌六〇年六、七月ころマツダが本件土地に隣接する約一八万五〇〇〇平方メートルの用地に部品基地(CKD部品工場)建設の発表があった。これにより原告は本件土地の建物の建築計画を対マツダ向けに計画変更することに決定した。本件土地の地盤改良工事は、本件土地上の建物の建築計画に変更がある場合、コスト面からこれに合わせて位置等を変更せざるをえないため、建築計画がはっきりしない限り工事に着手できない事情があったが、右建物の建築計画が決定したので、同年九月一日一般的な工法であるサンドドレーン工法により地盤改良工事を開始し、翌六一年七月二五日に終了した。そして同年八月一二日本件土地に建設する倉庫の建築確認申請をし、翌六二年四月中旬本件土地に倉庫を完成した。
原告はマツダの米国進出の動きを注視し、その間建築計画の遂行を一時凍結し、企業の命運を賭けて計画の変更をし、右変更を受けて地盤改良工事に着手しているのであり、これらはいずれも企業の経済的合理性に裏打ちされたごく常識的な無理からぬ行為である。
(2) 法六〇一条二項の「やむを得ない理由」の意味について
特別土地保有税は、土地の投機的取得を抑制し、地価の安定をはかることを目的とした政策的な税制度であり、国の施策に沿った事業の用に供する土地については特別土地保有税が課せられないことを考えると、右「やむを得ない理由」とは、天災、人災その他徴収猶予期間内に非課税用途に使用することを不可能にする客観的、外部的条件の変化に限定するのは狭きに失するのであり、課税対象者の努力によっては如何ともしがたい政治、経済、社会情勢の変化等の合理的理由によって当初の事業計画(本件土地上の建築計画)を変更せざるをえなくなり、やむなく猶予期間内に使用できなかった場合も、「やむを得ない理由」にあたると解すべきである。
(3) 右(1)の事情は、原告にとって事業計画を変更せざるをえない合理的な理由にあたるから、右「やむを得ない理由」があるというべきである。
(二) 平等原則違反
(1) 広島そごう株式会社(以下「そごう」という。)が本件土地の隣接地に物流センターを建設するに際し、被告は昭和五九年九月一日から昭和六一年八月三一日まで特別土地保有税の徴収を猶予し、さらに同年九月一日から翌六二年五月三一日まで右徴収猶予期間の延長を承認したが、そごうには、天災、人災、その他被告が主張するところの客観的・外部的条件の変更としての「やむを得ない理由」が存するとは認められない。
本件とそごうの事案とは同種事案であり、かつ時期的にも近接しているにもかかわらず、被告が両者を異なって処理したことは、憲法一四条に規定される法の下の平等原則(法の執行段階における平等原則)に反し、違法である。
(2) 被告は、税務職員の守秘義務を理由に、そごうの事案における特別土地保有税の徴収猶予、延長承認手続の経緯を明らかにしない。
しかしながら、右事項については、公務員法上も税法上も守秘義務を構成しないから、開示しないことにより、被告の課税上の不公平さを推認すべきである。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の事実は認める。
2 請求原因5(一)の主張は争う。
3 請求原因5(二)(1)のうち、そごうに対し、本件土地の隣接地に関し、徴収猶予の認定をし、その後猶予期間の延長をしたことは認めるが、徴収猶予の認定をした期間は、昭和五九年八月三一日から昭和六一年八月三〇日までであり、猶予期間の延長をした期間は、昭和六一年八月三一日から昭和六二年五月三一日までである。
これは、被告において、そごうの認定申請、猶予期間延長申請及び工事進行状況等から法六〇一条二項にいう「やむを得ない理由」に該当すると判断したからである。
三 被告の主張
1 法六〇一条二項の「やむを得ない理由」とは、天災、人災、その他納税義務の免除に係る期間内に、当該土地を非課税用途に使用することを不可能にする客観的・外部的条件の変化をいい、主観的・内部的な事情は、これに該当しない。
2 原告は、本件土地について非課税土地認定申請をしたころ、本件土地をマツダの輸出業務のために使用する予定であったが、マツダの計画が外部に発表されていなかったこと及びマツダの業務獲得が明確でなかったこと等から、本件土地の利用については検討段階にあった。このようにして、本件土地上の建物の建築計画が不存在もしくは不確定の状態で約一年間もマツダの動向を注視していたために、原告は猶予期間内に本件土地を非課税土地として使用できなかったのである。
右のように、マツダの動向を注視していたことは、非課税土地の認定、納税義務の免除の制度からみても、右「やむを得ない理由」に該当しないことは明らかである。
3 仮に認定申請当初から、原告主張の建築計画が存在していたとしても、その計画の施行が客観的に不可能になったわけではなく、原告自らが、隣接地の利用状況に添った業務内容に変更することが当初の計画を遂行するよりもより利潤が大きいと判断し、自主的に計画を変更したのであるから、純粋に原告の主観的、内部的な経営上の理由に基づくものであり、右計画変更は右「やむを得ない理由」に該当しない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、先ず、原告が右納税義務の免除に係る期間(二年)内に本件土地を非課税土地として使用することができない理由について検討する。
成立に争いがない甲第九、第一〇、第一三号証、乙第二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第九号証、証人木村逸雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第六ないし第八号証、証人藤田修の証言により真正に成立したものと認められる甲第一四ないし第一九号証、証人吉田貞夫、同三鼓敏夫、同陰山譲治、同木村逸雄、同藤田修の各証言を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は昭和五七年一二月二一日広島県土地開発公社との間で同公社が造成する本件土地について売買契約を締結し、昭和五九年三月三〇日本件土地の所有権の移転を受けたが、原告は本件土地を道路運送業としてのターミナル又は倉庫業としての倉庫に使用しようと考えていた。そこで、本件土地について特別土地保有税の免除を受けるため、同年八月一日、非課税土地としての用途をトラックターミナル及び倉庫用地として非課税土地認定の申請をした。その際、その事実を証する書類として提出を求められた本件土地に設置する建築物の建築確認通知書の写しは、そのころ、建築する建物について原告の本社の承認が得られる段階に至っていなかったため、これに代わるものとして、昭和六一年三月までに本件土地を事業用資産として使用しなければならないことになっている等を記載した非課税取扱陳情書及び建築予定の建物の図面として原告広島支店が作成した高床ホーム棟と保管庫の平面図と立面図を提出した。被告は右陳情書及び右広島支店の次長吉田貞夫の昭和六一年三月までには右図面の建物を必ず建築するとの口頭による説明を信頼して、納税義務の免除に係る期間を昭和五九年八月一日から昭和六一年七月三一日までの二年間と定めて本件土地について非課税土地の認定をした。
(二) 原告広島支店は、従前からマツダの製品の輸送業務を取り扱い、広島支店の業務の約七割をこれに依存していたので、原告は、マツダが本件土地の北側隣接地に取得した一八万四六一一平方メートルの土地の利用方法に重大な関心を持っていた。原告は昭和五八年初めころ、マツダがアメリカに工場を建設し、車を現地生産する計画を有していることを知り、その場合には車の部品の保管及び輸送業務を獲得しなければならないとして、右に関する情報の入手に努めるとともに、昭和五九年初めころから右部品の輸送ルートや輸送方法について具体的な検討に入った。同年七月マツダの海外営業本部輸出業務部にプロジェクトチームができたのに対応して、原告もプロジェクトチームを編成してマツダと接触を重ね、同年一一月一六日右輸送方法等に関する試案書をマツダに提出した。マツダは同月末右アメリカ進出を正式発表した。マツダの車の輸送は、原告のほかに株式会社マツダ運輸(現在のマツダロジスティクスサービス)が取り扱っていたこともあり、原告は、その後もマツダと接触して業務獲得の努力をした結果、翌六〇年六月ころ自動車部品の輸送業務の獲得に成功した。そこで、原告はこの業務の遂行が可能なように本件土地に倉庫の建設とコンテナカードの設置を計画し、これについて細かく検討し、同年七月ころ建築する建物の大きさ、位置等を決定した。
(三) 原告は、右建築する建物等を決定したので、同年八月三〇日建築予定の倉庫の敷地についてサンドドレーン工法により地盤改良工事を開始することを決定し、同年九月から翌六一年七月二五日ころまで右工事をしてこれを完了した。
(四) 原告は昭和六一年二月ころ本件土地に建築する倉庫の予算について検討し、同年四月ころその予算を決定した。そして、納税義務の免除に係る期間経過後の同年八月二一日建築確認の申請をし、翌六二年四月本件土地に倉庫を建築完成した。
(五) 原告広島支店がマツダから前記業務の獲得ができないと、およその見込みで、広島支店として当時のマツダからの受注の約四分の一(支店全体の受注の約一八パーセント)程度を失う恐れがあった。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、原告が、納税義務の免除に係る期間(二年)内に本件土地を非課税土地として使用することができない理由は、原告が、本件土地について非課税土地認定の申請をした昭和五九年八月一日ころ、本件土地をトラックターミナル又は倉庫用地として使用することを考えていたものの、右認定申請の際建築するとしていた高床ホーム棟と保管庫の建築を決定していたわけではなく、それ以前から、マツダがアメリカで車を現地生産する動きがあり、マツダがそれを決定した場合には、マツダから自動車部品の保管及び輸送業務を獲得して本件土地にそれを取り扱う施設を作るのが本件土地の最も効果的な利用方法であると考えていたため、右マツダの動向を注視しながら右輸送等の業務獲得に全力を尽し、これに右免除に係る期間のうち約一一か月を費やしたためであるということができる。
三 そこで、次に、右理由が法六〇一条二項の「やむを得ない理由」に該当するか否かについて判断する。
(一) 右「やむを得ない理由」の意味について
特別保有税は、土地の投機的取得を抑制し、地価の安定を図るとともに、併せて保有土地の供給の促進に資することを目的とした税制であるが、右特別土地保有税について、未利用地ないし遊休地に限らず、新規に取得された土地に対して一律に課税する仕組みが採用されたことから、国の施策に沿った一定の事業の用に供する土地等については、非課税とされている(法五八六条二項)。しかし、土地を取得してから実際に非課税用途に供するためには、多くの場合、土地の造成、建物の建築等が必要であり、相当の期間を要することが通常であるから、土地の所有者がその所有する土地を非課税土地として使用しようとすることについて市町村長の認定を受けた場合には、一定期間同税の徴収を猶予し、その後実際に非課税用途に供せられた場合に、徴収猶予に係る徴収金を免除するという制度(法六〇一条)が設けられたものというべきである。
右のような特別土地保有税の猶予、免除制度の趣旨及び法六〇一条一項、二項の規定内容、文言等から考えると、同条二項にいう「やむを得ない理由」とは、本人の意思にかかわらず、免除に係る期間内に非課税用途に供することを社会通念上不可能にするような事情が客観的に認められる場合をいうものと解するのが相当である。
(二) 右特別保有税の猶予、免除制度の趣旨からすると、本件免除に係る二年間の期間は、本件土地に係る事業計画及び本件土地に設置すべき施設が確定していることを前提に、これに基づく建物の建設等のためのものであって、本件土地に係る事業計画を検討するためのものではない。得意先であるマツダの動向及び業務獲得の成否が仮に原告の事業計画に大きな影響を与えるとしても、マツダがどのような計画を立て、また変更するか、業務の獲得が可能か否かは、いずれも将来の不確定な事柄であり、それが確定するまでの期間について、免除に係る期間を延長することは右猶予、免除の制度の趣旨に明らかに反する。また、会社の損益の観点から事業計画を変更することについて合理性があるか否かについて第三者が判定することは極めて困難であって、右変更の必要性に関する事情は、会社内部の主観的な事情というべきであり、非課税土地認定を受けた際の原告主張の事業計画に基づく建物の建築等を社会通念上不可能にする客観的な事情ということはできない。のみならず、マツダがアメリカで車を現地生産し、原告広島支店が右による業務を獲得できなかった場合に同支店が受ける影響は、およその見込みで同支店の二割弱の受注を失う恐れがあるということであるが、マツダから右業務の獲得ができなければ、他の業務を行うことになるから実際にどの程度の受注減になるかは定かでなく、この程度の影響では右支店の営業に重大な影響があるともいえず、右建物の建築等を社会通念上不可能にする事情とはいえない。
以上いずれの点から見ても、原告が免除に係る期間内に本件土地を非課税土地として使用することができない理由は、右「やむを得ない理由」に該当しない。
四 成立に争いのない甲第四号証の一、前掲乙第二号証、証人陰山譲治、同木村逸雄の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被告がそごうに対し、本件土地に隣接するそごうの所有土地に関し、昭和五九年八月三一日から昭和六一年八月三〇日まで徴収猶予の認定をし、昭和六一年八月三一日から昭和六二年五月三一日まで猶予期間の延長をしたこと、そごうは非課税土地認定申請の際、建築する建物の建築確認申請書の写しを提出したこと、そごうは徴収猶予期間内の昭和六一年八月上旬ころ建物の建築工事に着手したことが認められる。
原告は、原告とそごうの延長申請は同種の事案であると主張するが、そごうは、非課税土地認定申請の際、非課税土地として使用する事実を証する書類として、建築する建物の建築確認申請書の写しを提出し、徴収猶予の期間内に建物の建築工事に着手しているのに対し、原告は右いずれもしておらず(建物の建築工事と地盤改良工事とを同一に見ることはできない。)、右猶予の期間内に、建築する建物の建築確認申請書の写しすら提出していないのであって、右は法六〇一条二項の「やむを得ない理由」の有無について検討する際に参考となる事情であるから、原告とそごうとは事情が同一であるということはできない。また、仮にそごうに右「やむを得ない理由」がないとすれば、その限りにおいては原告と同種の事案ということになるが、そごうに対し右理由がないのに猶予の期間を延長することは違法であって、そごうに対し違法な取扱いをすれば、原告に対しても同じく違法な取扱いをしなければならないとする理由はない。
したがって、平等原則に反し違法であるとの原告の主張は理由がない。
五 結論
以上によれば、本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉岡浩 内藤紘二 柴田美喜)
別紙<省略>